LABEL - 青土社 (JAPON)
FORMAT - BOOK
盤質：EX- ジャケット: EX-

「クラヴァンがそこからの脱走を企てていた自己、それはあまりに簡略的な図式化となる危険をおそれずにいうなら、西欧的な合理主義に支えられた理性的主体としての自己である。フランソワ・ボットは、そうした理性的主体の絶対性・単一性を脅かす彼の相対性・複数性を、クラヴァン自身の表現を借りて、「体内に宿っている『無数の塊』」と形容しているが、それは、「魂」というよりもむしろ、さまざまな自己の破片を押し流していく無意識的な欲動の奔流とでも呼ぶのがふさわしい〔…〕自己同一性を破壊しかねないこうした矛盾、それを積極的に肯定することがクラヴァンにとっての脱走だった。否定の対象となるのは、首尾一貫した均一的な自己である。したがって、普通に考える自己逃避とは異なり、自己の解体を認め、分断された自我の破片のひとつからまた別のひとつへといわば移りゆく運動こそが脱走なのである。徹底した自己否定・自己解体の果てに訪れる絶対的な自己肯定・自己再構築とでも言えばよいだろうか。いずれにせよ、そうした、脱走への欲求は彼の詩に色濃く影をおとしている〔…〕クラヴァンはまさに「おれの不吉な複数性」という言い方をしている。放浪もスキャンダルもボクシングも詩も、すべてはこの複数の自己に声をあたえてやるための行動だった。したがって、クラヴァンの言う「複数性」は分裂的であるとともに包括的な性格のものであり、複数的な自己をめざす希求の圧力で彼の身体は風船のごとき膨らみ、その表面積が増大していくのである。〔…〕クラヴァンは、詩によって、現実の枠を突き破る身体を得るのだ。「急げ！」には「おれはこんなにもダンスが好きだ/そして肉体の狂気が」、あるいは「万華鏡のなかで/おれの抽象化によって/おれの身体の/組み合わせの/ヴァリエーションがつくられてゆく」といった一節もある。絶えず動きまわること、そしてそのことによって得られる遠心力を利用して、自我を攪拌し、みずからの身体を拡張させてゆくこと、それが彼の人生を突き動かしていた欲求だった」 (2002) (イノウエ)

第一章 オスカー・ワイルドの甥(アルプスの山々/父と母/オスカー・ワイルド裁判/ワイルドの肖像/生きていたワイルド)/第二章 放浪、そしてボクシング(兄と弟/文体への目覚め/ボクシングのベル・エポック/パリのボクシング・ブーム)/第三章 モンパルナス界隈(祝いの鐘/母との諍い/ヴァン・ドンゲン/批評家フェリックス・フェネオン/テロルの季節)/第四章 エコール・ド・パリ(アナーキズムと未来派/「天敵」ドローネ夫妻/ローランサン批判の波紋/アポリネール/共同作業の夢)/第五章 ダダの先駆者(雑誌『メントナン』/カフェ・クロズリ・デ・リラ/バル・ビュリエ/奇抜な講演会)/第六章 詩人クラヴァン(愛しのルネ/不吉な複数性/膨張する身体/はじけ出る韻文)/第七章 亡命者の宴(第一次世界大戦勃発/バルセロナへ/雑誌『391』/バルセロナ共同体からの離脱)/第八章 詩人とボクサー(クラヴァン対ジャック・ジョンソン/黒人チャンピオン/ジョンソンの興行/「世紀の対決」)/第九章 ニューヨーク・ダダ(モンセラート号のトロツキー/グリニッチ・ヴィレッジ/ピカビアとデュシャン/『ブラインド・マン』/『泉』のスキャンダル/クラヴァン登場)/第十章 旅する孤独な魂(ミナ・ロイとクラヴァン/モダニズムの詩人ミナ・ロイ/旅先からの手紙)/第十一章 メキシコの日々(メキシコ革命のさなかに/ひとりのクリスマス/困窮生活と結婚/謎の失踪)/第十二章 伝説のはじまり(巨大な不在者/天才の香り/遠ざかる背中)